大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

横浜地方裁判所 昭和55年(行ウ)4号 判決

原告 植木茂郷

〈ほか四〇名〉

右原告四一名訴訟代理人弁護士 五十嵐敬喜

同 荒井新二

同 菅原哲朗

同 堀敏明

被告 横浜市長 細郷道一

右訴訟代理人弁護士 綿引幹男

主文

一  本件訴えを却下する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が、昭和五四年一二月二六日、近畿土地株式会社(以下「訴外会社」という。)に対してした横浜市縁政計指令第一六二五号による風致地区内行為の許可(以下「本件許可」という。)を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  処分の存在

被告は、昭和五四年一二月二六日、訴外会社に対し、横浜市中区山手町一六〇番地及び同町一九〇番地所在宅地四九五六・八六平方メートル(以下「本件土地」という。)を敷地とする鉄筋コンクリート造三階建共同住宅(以下「本件建物」という。)新築工事について、都市計画法(以下「法」という。)五八条一項、風致地区内における建築等の規制の基準を定める政令(以下「政令」という。)二条、三条、横浜市風致地区条例二条に基づく本件許可を行った。

2  処分の違法性

(一) 政令三条は、風致地区内における建築等の許可の基準として、建築物の建築については、当該建築物の位置、形態及び意匠が当該建築の行われる土地及びその周辺の土地の区域における風致と著しく不調和でないこと(一号二)とし、宅地の造成その他の土地の形質の変更については、適切な植栽を伴うものであること等により行為後の地貌が当該土地及びその周辺の土地の区域における風致と著しく不調和とならないものであること(三号)と規定している。

(二) 本件土地付近(以下「山手地区」という。)は、明治以来由緒ある外国人居留地の面影を色濃く残し、豊富な緑に囲まれた高台の景観として、その静寂な雰囲気とともに県民から広く愛され親しまれてきたものである。

しかるに、本件建物は大衆が居住し、かつ出入りする共同住宅であるから、静寂な雰囲気が害されるおそれがあるし、本件許可に当たり参照された植栽計画によっても、緑地がまとまりのある形で、しかも十分に確保されてはいない。

また、本件建物の建築はがけ崩れのおそれを著しく増大させており、そうした場合防災上の危険はいうまでもなく、土砂面を醜く露出する可能性も大きく、周辺土地の風致を損なうおそれがある。

3  原告適格

原告らは肩書地に住居を有する住民であり、いずれも山手地区にこれまで維持されてきた美観、風致を保持することに重大な関心を持ち、かつそのような景観の中に現実に居住することによる諸利益を享受してきたものである。

4  原告らは、昭和五五年二月六日、本件許可がされたことを知った。

よって、原告らは本件許可の取消しを求める。

二  被告の本案前の主張

原告らが山手地区の景観の中に居住することにより諸利益を享受してきたとしても、右利益は、法が個人的利益として個別的、具体的に保護しているものではないから、原告らは本件許可の取消しを求めるにつき原告適格を欠き、本件訴えは不適法である。

三  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1の事実は認める。

2  同2(二)の事実は不知。

3  同3の事実のうち、原告らが肩書地に住居を有する住民であることは不知、その余の事実は否認する。

4  同4の事実は不知。

第三証拠《省略》

理由

一  請求の原因1の事実は当事者間に争いがないところ、被告は、原告らは本件許可の取消しを求める原告適格を欠く旨主張するので、まず、この点について判断する。

1  行政事件訴訟法九条は、取消訴訟の原告適格の要件として、「取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者」と規定しているが、ここにいう「法律上の利益を有する者」とは、当該処分又は裁決により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれがあり、その取消しによってこれを回復すべき法律上の利益をもつ者をいうと解すべきである。

2  そこで、原告らの主張する、山手地区の景観の中に居住することにより享受してきた諸利益が法によって保護されている利益であるか否かについて検討する。

法は、「都市計画の内容及びその決定手続、都市計画制限、都市計画事業その他都市計画に関し必要な事項を定めることにより、都市の健全な発展と秩序ある整備を図り、もって国土の均衡ある発展と公共の福祉の増進に寄与することを目的と」し(一条)、「都市計画は、農林漁業との健全な調和を図りつつ、健康で文化的な都市生活及び機能的な都市活動を確保すべきこと並びにこのためには適正な制限のもとに土地の合理的な利用が図られるべきことを基本理念として定めるものと」され(二条)、更に、具体的な都市計画においては、適正な都市環境の保持の一環として、都市の風致を維持するため必要な場合に風致地区を定めることとし(八条一項七号、九条一五項、一三条一項二号)、同地区内における建築物の建築等については、政令で定める基準に従い、都道府県(地方自治法二五二条の一九第一項の指定都市(以下「指定都市」という。)においては、当該指定都市(八七条二項))の条例で、都市の風致を維持するため必要な規制をすることができるとされ(五八条一項)、政令は、同地区内における建築物の建築等は、あらかじめ、都道府県知事(指定都市にあっては、その長)の許可を受けなければならないものとし(二条)、また、横浜市風致地区条例は、同地区内において建築物等の新築等をしようとする者は、あらかじめ市長の許可を受けなければならないとする(二条)。

以上の法、政令及び右条例の各規定の趣旨、目的に照らすと、法五八条一項及び右条例二条に基づく風致地区内での建築等に対する規制は専ら適正な都市環境の保持を図ることによって、都市の健全な発展と秩序ある整備並びに住民の健康で文化的な都市生活の享受という公共の利益の実現のためになされるものであって、風致地区の周辺地域に居住する住民の権利又は具体的な利益を直接保護するためになされるものではないと解するのが相当である。

してみると、原告らの主張する山手地区の景観の中に居住することにより享受してきた諸利益は、必ずしもその具体的内容が主張自体からは明確ではないが、右判示の法及び横浜市風致地区条例の解釈に照らして法及び同条例によって保護されている利益であるということは到底できず、法及び同条例による風致地区内の建築等に対する規制の結果として生ずる反射的利益ないし事実上の利益にすぎないというべきであるから、原告らは本件許可の取消しを求めるにつき法律上の利益を有しないものといわなければならない。

二  以上の次第で、原告らの本訴請求は、本案について判断するまでもなく、不適法な訴えとしてこれを却下することとし、訴訟費用の負担について行訴法七条、民訴法八九条、九三条一項本文を各適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 古館清吾 裁判官 吉戒修一 須田啓之)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例